「合わさる」
実家の幼稚園では登園と降園の時、「おはようございます」と「さようなら」の挨拶は、お互いに合掌し礼拝するのがお約束でした。私も在園中はやっていたのでしょうが、その記憶はほとんどなく、学生生活を終え帰省し幼稚園業務に携わるようになり、あらためて子供たちの合掌礼拝する姿を見て、美しく尊いなあと感動したことを憶えています。
幼稚園業務に携わっている時、一人の男の子が約二ヶ月間の短期間ではありましたが入園してくれました。二ヶ月というのには理由があり、お母さんの第二子出産を里帰り出産で臨むため、母子共に安定するまでの期間でした。事前に入園手続きをする際、ご両親との面談の中で、お父さんがアメリカ人で家庭での会話が英語であることも多く、また、お寺の幼稚園ということで正座など習慣に馴染めるかどうかを、ご両親とも悩んでおられましたが、園長先生との会話の中で子供の適応能力のことを話され納得し、入園に至りました。
初登園の時は送迎バスに乗るのを拒み、乗車する前から涙が止まらず、ご両親の目にも涙が溢れていました。登園後は初めての集団生活に戸惑っているようでしたが、そこは子供の適応能力により他の子供たちとも降園時には馴染んでくれたようでした。しかし、冒頭に書いた、「おはようございます」「さようなら」の挨拶と合掌礼拝がなかなか出来ていないようでしたが、一か月も過ぎると、ご挨拶と合掌礼拝が出来るようになったと担任の先生から申し送りがあり、そのきっかけは年上の園児たちがその男の子に身振り手振りで教えてくれていたそうです。
合掌にはその形がもつ意味やいわれがありますが、その一つに右手の仏さまと左手の自分が一体になるという意味があります。この私も、いろいろな御縁の中で手が合わさるようになったのだと、男の子の姿を見て味わい気づかされました。
合掌





