1. HOME
  2. 法話
  3. 法話
  4. 「桜」

「桜」

 桜開花の時期になりました。江戸時代の僧、良寛和尚は「散る桜 残る桜も 散る桜」という句を残されました。この句は有名で御存知の方も多いかと思います。私なりにこの句を味わわせていただくならば、二つの味わい方が出来るのではと思っています。

 一つは、私よりも先に亡くなっていく方々を見送ってはいるが、この私もいつか必ずいのち終える時が来る。その生き様でよいか、という厳しい問い掛け。もう一つは、先に仏さまの国お浄土に往かせていただくが、案ずることはないあなたのいのち終わっても必ずお浄土でまた出遇わせていただく、という仏さまのお慈悲のように味わわせていただいています。

 そして、もう一つ桜から伝わってくる歌があります。親鸞聖人、幼名範宴が九才の時、お得度なされました。その時、戒師(出家を望む者などに戒を授ける法師)の慈鎮和尚が「夜遅いから、お得度は明日にしましょう」と仰られたことに対して詠まれた歌です。「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」という歌ですが、明日があると思い込んでいる気持ちは、いつか散るかもしれない儚い桜のようで、夜に嵐が吹こうものならもう見ることができません。いまお得度をお願いします。というような心境で、お得度を願われたのではないかと伝わっています。

 この二つの句と歌が私に教えて下さっていることは、「いま」生きているこのいのちを、どう生きるか、ということではないでしょうか。諸行無常だからこそ、いまこの一瞬一瞬を精一杯生きていくという中で、仏さまとの御縁を大切にさせていただくということを教えて下さっているように思います。

 皆さまは、この句と歌をどのように味わいますか。

                                           合掌

関連記事