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空(くう)

 池であなたの母と妻が溺れています。あなたはどちらから先に助けるべきだと思いますか?
 こんな問いをある禅僧が出しました。周りの人たちは、「母から先に助けるべきだ」「いや、妻を先に助けるべきだ」と議論になって、なかなか意見がまとまりません。
 禅僧が「そんなに議論をしていると二人とも溺れてしまうぞ」と言っても、なお意見がまとまらないので、ある者が「先生はどちらから先に助けますか」と尋ねた。
 すると、禅僧は「わしか?わしは近くにいるほうから先に救う」と答えた。
 周りの人たちは、なるほどと感心した。
 という話があります。

 実は、この話は仏教の「空」という物事の捉え方を紹介するための話なのです。

 仏教の思想を学ぶと必ず出てくる言葉が、この「空」。なかなか一筋縄ではいかない難しい言葉ですが、先ほどの禅僧の話で言いますと、「空」とはレッテルを貼らず、そのままありのままを見るという思想なのです。

 溺れている母と妻を助ける先ほどの禅問答で言えば、私たちは人間に「母」だとか「妻」というレッテルを貼って、どちらから先に助けるべきかを議論する。しかし、レッテルを剥がせば、そこに溺れているのは二人の女性である。そうであれば、我々は近くにいる者から救うことができる。

 物には初めからレッテルがついているわけではありません。レッテルを貼ったのは私たちの心です。私たちが勝手に、大きい、小さい、役に立つ、役に立たない、きれいだ、きたない、損だ得だとレッテルを貼っている。そのレッテルを剥がして、ありのままを見よと仏教では教えているのです。これが「空」の思想です。

 机は、椅子に座って本を置いていれば机ですが、そこに座れば椅子になる。壊してバラバにしてしまえば薪になる。机というレッテルを貼っているだけで、永久に変わらない机という本質があるのではない。あらゆる物は相互の関係に変わってしまうし、人間がレッテルを貼って、これはこういうものだと区別しているにしかすぎないという思想が「空」という仏教の捉え方です。

 そういった捉え方で改めて様々な出来事、物事のレッテルを剥がし、ありのままに見ていくと、違って見える姿が日常の中にもあるかもしれません。(くう)

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